この記事が対象としている方
- 大学入試で倫理を使う受験生
- 定期テストや日常学習でギリシア思想を学んでいる高校生
- 「幸せとは何か」「心の平和とは何か」と考えたい人
【この記事のキーワード】
ヘレニズム時代、エピクロス派、ストア派、アタラクシア、アパテイア、アウタルケイア、ロゴス、コスモポリタニズム、新プラトン主義、一者、プロティノス、魂の帰還
前回はアリストテレスの解説記事を執筆しました。こちらからどうぞ。

古代ギリシアの哲学って、プラトンやアリストテレスのあとどうなったの?
ヘレニズム時代 ― 「心の平和」を求めて
アレクサンドロス大王の東方遠征によって、ギリシア文化は広大な地域に広まりました。この時代、人々はポリス共同体の枠を超えた広い世界に生きるようになります。しかし、同時に個人は孤立し、不安や混乱の中で「心の平安」を求めるようになりました。
こうした時代背景のもとに登場したのが、エピクロス派とストア派です。どちらも「魂の平静」を理想としましたが、その到達の道筋は対照的でした。
エピクロス派 ― 快楽を通じて平静へ
エピクロスは「人間は本性上、快楽を求める存在である」と考えました。彼にとって快楽こそ善であり、幸福は快楽の中にあるとされます。ただしここでいう快楽とは、単なる一時的な享楽ではなく、精神的で永続的な安らぎを指します。
そのために重要なのが、自足(アウタルケイア)です。必要最小限のものに満足し、他人や運命に振り回されない生き方を実践することが大切だと説きました。エピクロスは「水と一切れのパンがあれば足りる」と語り、簡素な生活を理想としました。
また、彼は人々を苦しめる迷信や死の恐怖を、理性的に取り除こうとしました。デモクリトスの原子論の立場から、死後の罰や神々の介入を否定し、死とは「感じることの終わり」であり恐れる必要はないと主張します。こうして実践と理論の両面から、魂の平静(アタラクシア)を実現することが賢者の生き方だとしたのです。
なお、エピクロスは「公的な活動は魂の平安を乱す」として、政治的野心を捨て、「隠れて生きよ」と弟子たちに説きました。

静かに、満たされて生きる。現代にも通じる考え方ですね。
ストア派 ― 理性と自然に従う生き方
ストア派は、エピクロス派とは対照的に積極的な実践を重視しました。創始者ゼノンから始まり、セネカ、エピクテトス、マルクス=アウレリウス=アントニヌスらがその思想を継承しました。彼らは「自然に従って生きる」ことを人生の目的としました。
人間は自然の一部であり、理性(ロゴス)を持つ存在です。したがって、人間は自らの理性を自然全体の理法に一致させることで、調和の中に生きることができます。欲望や怒りなどの情念(パトス)を克服し、感情に支配されない無情念(アパテイア)の境地に達することこそ、真の自由と平和の実現なのです。
ストア派はまた、すべての人間は理性を持つ点で平等であり、世界全体が一つの共同体だと考えました。これを世界市民主義(コスモポリタニズム)と呼びます。国や身分を超えて人間の尊厳を認める思想は、後の人権思想や自然法思想にも大きな影響を与えました。
懐疑派と新プラトン主義 ― 迷いと超越の哲学
同時期に登場した懐疑派(ピュロン、フィロンら)は、「物事の真偽は判断できない」として、あらゆる判断を保留する立場をとりました。判断を停止することで心の動揺を防ぎ、結果的にアタラクシア(魂の平静)に至ると説きました。確実な知識を求めるのではなく、判断を留保することで安らぎに到達するという逆説的な思想です。
さらに、ヘレニズム末期からローマ時代にかけて登場した新プラトン主義は、より宗教的・神秘的な方向へ進みます。開祖プロティノスは、万物の根源を「一者(ト・ヘン)」と呼びました。この一者は存在の源であり、すべてのものは一者から流出(エマナチオ)によって生まれます。
人間の魂は物質世界にとどまる限り不完全であり、瞑想と内省によって一者へ帰還し、合一を目指すとされます。この神秘主義的な思想は、のちにキリスト教神学、とくにアウグスティヌスに大きな影響を与えました。

ヘレニズムの哲学は、外の世界ではなく「自分の内面」を見つめる方向に向かっていったんですね。
学習のヒント
学習のヒント!
- エピクロス派はアタラクシア、ストア派はアパテイアを目指す。このキーワードの区別は明確にしておく。
- エピクロス派は「快楽主義」とまとめられるが、精神的で節度ある快楽(自足・平静)を指す点を忘れずに。
- ストア派の「自然に従って生きる」「アパテイア」「コスモポリタニズム」はつながりで覚える。
- 新プラトン主義はキリスト教思想(アウグスティヌス)とのつながりで整理。
まとめ
- エピクロス派:精神的平静(アタラクシア)をめざす
- ストア派:自然に従う/無情念(アパテイア)
- 懐疑派:判断停止によるアタラクシアの獲得
- 新プラトン主義:一者からの流出と魂の帰還/神秘主義思想
ヘレニズム時代の哲学者たちは、変化の激しい時代の中で「どう生きるべきか」を真剣に問い続けました。その問いは、現代に生きる私たちにも通じます。外的な成功よりも内なる平和をどう保つか――それこそが、古代の知恵が今なお輝きを放つ理由です。
次回はギリシア思想から離れて宗教の解説をしていきます。また次回の記事でお会いしましょう。






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