この記事が対象としている方
- 大学入試で倫理を使う受験生
- 定期テストや日常学習で倫理を勉強している高校生
- 仏教の背景となる古代インドの思想を理解したい人
【この記事のキーワード】
アーリヤ人、ヴェーダ聖典、バラモン教、輪廻、カルマ、解脱、ウパニシャッド、梵我一如、ブラフマン、アートマン、ヒンドゥー教
今回の記事では、仏教が生まれる前の古代インド思想について学びます。前回はイスラーム教の解説をしました。見ていない方はこちら。仏教の教えを理解するうえで、その前提となる「バラモン教」や「ウパニシャッド哲学」はとても重要です。これらの思想は、人間とは何か、どう生きるべきかという根本的な問いを追求したものでした。
アーリヤ人とヴェーダの宗教 ― バラモン教の始まり
紀元前15世紀ごろ、インド北西部にアーリヤ人が侵入しました。彼らはやがてインドの先住民と混じり合いながら、カースト制と呼ばれる厳しい身分制度をつくります。社会は、バラモン(祭司)・クシャトリヤ(王侯・戦士)・ヴァイシャ(庶民)・シュードラ(隷属民)という四つの身分に分かれ、その外側には「不可触民」と呼ばれる人々が置かれました。
この社会を支えていたのが、神々への賛歌を集めた『リグ・ヴェーダ』などのヴェーダ聖典です。これらはのちに「バラモン教」と呼ばれる宗教の基礎となりました。バラモン教では、祭司が神々に祈りや供物をささげる「祭祀」が宇宙の秩序を保つとされ、人々は正しい儀式を行うことによって現世の幸福を願いました。
輪廻とカルマ ― 生と死の循環をどう捉えるか
やがてインドの人々は、「人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか」という問いに関心を向けるようになります。ここで登場するのが輪廻(サンサーラ)という考え方です。輪廻とは、生と死が終わりなく繰り返されるという死生観で、あらゆる生命はこの流転の中で苦しみを経験します。
そして、次にどのような姿に生まれ変わるかは、現世の行い――つまり業(カルマ)によって決まるとされました。善い行いを積めば天界などへ、悪い行いをすれば地獄や動物の世界へと生まれ変わる。この思想は、人々に道徳的な生き方を促す一方で、同時に「善行を積んでも苦しみの輪から抜け出せない」という矛盾も抱えていました。
こうした背景から、次第に人々は輪廻そのものから解放されること=解脱を目指すようになります。この「生まれ変わりからの自由」こそが、古代インド思想の究極の目標とされました。
ウパニシャッド哲学 ― 真実の自己を求めて
バラモン教の形式的な儀式に疑問を抱いた人々の中から、より内面的・哲学的な探究を行う思想家が現れます。彼らがまとめたのがウパニシャッドと呼ばれる奥義書です。ウパニシャッド哲学では、「真の救いとは外の儀式ではなく、内なる真理を知ることにある」と説かれました。
ここで重視されたのが梵我一如(ぼんがいちにょ)という思想です。これは、ブラフマン(梵)=宇宙の根源的原理と、アートマン(我)=人間の内奥にある真実の自己が、本来ひとつのものであるという考え方です。
ブラフマンは宇宙のすべてを生み出す絶対的存在であり、アートマンは個人の中に宿るその分身のような存在です。人は無知によって両者を区別してしまいますが、瞑想や知恵によって「自己と宇宙は一体である」と悟ったとき、輪廻の束縛から解き放たれる――それが解脱なのです。
このようにウパニシャッド哲学は、単なる宗教儀式を超えて、「私とは何か」「世界とは何か」という根本的な問いに迫る哲学的な思索でした。そしてその思想は、のちのヒンドゥー教へと受け継がれていきます。
ヒンドゥー教への継承と発展
ウパニシャッド哲学やバラモン教の教えは、やがて民間信仰と融合し、今日のヒンドゥー教として発展しました。ヒンドゥー教では、シヴァ神(破壊と再生)やヴィシュヌ神(世界の維持)といった多くの神々が信仰されますが、それらはすべてブラフマンの現れとされます。
このように、古代インド思想は「多神教的でありながら、一つの根源的原理に帰着する」という独特の世界観を築きました。ここに、「すべての生命はつながっている」というインド的な宇宙観の萌芽を見ることができます。
学習のヒント
学習のヒント!
- バラモン教は神々への祭祀を中心とした宗教で、身分制度と深く結びついていた。
- 輪廻とカルマ(業)の思想は、善悪の行いが生まれ変わりを決めるという考え。
- 解脱は輪廻からの完全な自由を意味する。
- ウパニシャッド哲学では、梵我一如を悟ることが解脱への道とされた。
- ヒンドゥー教はこれらの思想を継承し、多神的要素を取り入れて発展した。
まとめ
- ヴェーダ聖典:アーリヤ人の宗教的文献で、バラモン教の基礎となった。
- 輪廻とカルマ:生と死の循環と行為の結果を示す古代インドの死生観。
- 解脱:輪廻からの完全な自由を求める理想。
- 梵我一如:宇宙の原理ブラフマンと自己アートマンの合一を説く。
- ヒンドゥー教:古代思想を引き継ぎつつ民間信仰と融合した宗教。
仏教以前のインド思想は、「人はなぜ苦しむのか」「どうすれば救われるのか」という問いを深く追求した思想でした。この問いの上に、後にブッダが登場し、「無我」や「中道」という新たな答えを示します。つまり、仏教を学ぶことは、この古代インド思想を理解することから始まるのです。
次回は、いよいよブッダの思想と仏教の誕生について見ていきましょう。次回もお楽しみに!






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